カードキャプターさくら さくらとさくらカード後継者問題 その3
クロウ・リードがカード所有者となれなかった者に科する、一種の呪い。
クロウカードに関わった全ての者から――『好き』の感情が消える災い。
もしも次に、さくらや小狼、もしくはケルベロスやユエが選定した次期主候補が、カード達の所有者になれなかった場合、今度こそその災いが起きてしまうのでは?
しかし、それについては心配無用である。
なぜならば、クロウカードがさくらカードに変わった時、カードの魔力構造を始めとするあらゆるモノがさくらの魔力によって上書きされたからだ。
そしてそれは、かつてクロウが仕掛けた呪いも例外ではない。
よって次回からのカードの次期主候補選定時には、呪いは発動しなくなった。
まぁそれでも、カードが大規模な暴走を起こした場合に備え、それらの事故の記憶や痕跡を消す呪いは仕掛けておいた方がいいだろう。
もしまた、例えば『地(アーシー)』あたりが暴れた場合、冗談抜きで取り返しのつかない事になりかねないのだから。
という訳で、さくらは中学2年生になるまでにケルベロスやユエ、そして小狼やエリオルから、カードを用いない上での魔力の制御法、及び術の発動方法をある程度教わり、マスターした彼女はようやく、
カードの新たな『呪い(ペナルティ)』……というより『後始末』のための術の上書きに成功した。
あとはさくらと小狼の子供、もしくはさくらと小狼が信頼しうるカード次期主候補が現れればいいだけである。
クロウカードをさくらカードへと変えていたあの頃は、ただ『友枝町を怪異から救いたい』という、純粋な願いのままに、ガムシャラに、しかもクロウカードの魔力構造を基にカードを変えていたため、魔術師の基本にして根本的な、複雑な術や呪いの制御の方法を知らなかったさくらだが、彼女はカード関連の事件に関わったみんなの協力を得て、ようやく一人前の魔術師となったのだ。
「…………ほ……ええええぇぇぇぇ……やっ……と、終わったよぉ~~……」
だが50枚以上あるカード内の術を、数日かけているとはいえ全て変えるとなると、いろいろと大変だった。
少しは休まないと、明日の授業になんらかの影響が出ないとも限らない。
まぁ、あの天才陰険魔術師クロウ・リードが新たに生み出した魔法を、さらに書き換えるだけでも凄いのだ。
もういい加減3日くらいズル休みをしても罰は当たらないかもしれない……。
いや、後が怖いのでやめておこう。
「ちょお、大丈夫かいなさくら?」
さくらがさくらカードにさらなる上書きをするのを見守っていた、仮の姿のケルベロスが訊ねる。
「確かに、次期主候補の選定方法とかは決めといた方がええかもしれへんけど……そんな一気にやらなくてええやろ? クロウやって数週間もかけて……ええと……シューカツ、やったっけ? とにかくそれをやったんや。せやからさくらも、もおちょい自分の身体を大事にせんとアカンで?」
「……うん、そうだねケロちゃん」
疲れてボーっとした頭でありながら、なんとか返事をするさくら。
実際問題、彼女の母親の撫子はバイトやら家事やら子育てやら(もちろん藤隆も手伝ったが)で忙しくそうした苦労の末に亡くなったのだ。
さくらまで限界以上に苦労する事はない。
「というか、さくらはまだ14歳やろ? 着替えの時にわいを部屋の外に出すような年頃や。まだまだセーシュンゆうヤツの真っ最中やろ? 今の内しか出来へん事をしたらええって」
「……分かった。今日はもうこのまま……おやすみなさ~~い……」
「って、さくら? 今まだ午後3時前やで……って、もう寝てもうたか……」
机に突っ伏したまま、そのまま眠ってしまったさくら。
ケルベロスはそれを見て、やれやれといった感じの顔をすると、
「わいとユエと……そしてカード達のこれからの事を考えての事やゆうのは解るが、頑張り過ぎも、考え物やなぁぁ~~」
そう言いながら、風邪をひかないようさくらの背に毛布をかけてあげた。
※
そしてさくらは、夢を視た。
「あなたが次元の魔女ですか?」
「そうとも呼ばれているわ」
いわゆる『狐の嫁入り』と呼ばれる現象が起きる中。
さくらではないさくらが、小狼ではない小狼によって抱えられ、とある1人の女性の前で、片膝立ちの状態でいる……。
そんな状況を、遠目で見る夢を。
見ているだけで、とても悲しくなった。
別の小狼に抱えられている別のさくらが、なぜかピクリとも動かないから?
そんな別のさくらの状態を直に感じ、無力感に苛まれている別の小狼を見ているから?
否。そうではない。
今のさくらに、できる事は何も無い。
その事が……さくらにとって、1番悔しかった。
なぜか動かない別のさくらも、絶対、意識があったら同じ事を思っただろう。
なぜならば、彼女は別の世界の〝さくら〟なのだから。
「サクラを……サクラを、助けてください!!」
「……対価がいるわ」
別の世界の小狼の悲痛な叫びと、女性の平坦な声が、雨中の庭に響く。
するとさくらは、女性のその姿に、そして声の感じに……なぜか既視感を覚えた。
『……あれ? あの人、どこかで会ったような……あっ!』
自分の記憶を思い返した末に、ようやくさくらは思い出す。
かつて自分が見た姿、そして聞いた声の女性とは異なる女性ではある。
だがそれは、高次元空間を超えた向こう側だからこそ在り得る可能性の範囲内。
そう、あの女性は……。
『香港旅行で……クロウさんを捜していた、あの魔道士さん!?』
自分の目の前にいるその女性、壱原侑子は……かつて香港で自分に襲い掛かってきた魔道士だった。
例え姿と声に差異はあろうとも、夢越しでも感じる、その魔力だけは変わらない。
ちなみに侑子も水を使った占いをするし、次元トンネルなんてモノも作れる。
間違い無く、あの魔道士と同一存在であろう。
と、そんなトンデモ事実に気付いた後も、侑子と別の世界の小狼……どころか侑子の正体を考えている間に出てきた、白い魔術師と黒い忍者の会話もいつの間にか進んでいた。
侑子の手に乗っていた、白い鼠もしくは兎のような謎生物が宙へと浮かび……口を大きく開けた。
すると次にその謎生物は、まるでカー〇ィの如き超吸引力で、小狼たちを口の中へと吸い込むと、そのまま己の足元に展開させた魔法陣の中へと……吸い込まれていった。
時空を超える謎生物。まさかアレが……エリオルくんが言っていたモコナなる生物なのかな?
一瞬、さくらはそんな事を思ったが、
『……そっか……あの人が、もう1人のクロウさんの……大切な、人なんだ……』
それ以上に、夢越しではあるものの……ようやくエリオルの話の中に出てきた女性に会えて、さくらはなんだか嬉しく思った。
しかし、夢はそう簡単に幸せな気持ちにし続けてはくれなかった。
場面は、すぐに切り替わる。
それは別の世界の自分達の辿って来た、運命。
旅の始めは、確かに危険な事もあった。
けれどその最中に、仲間と親睦を深めたり、旅の中で新たな発見ができたりして、とても楽しかった。
しかしその幸福は……レコルト国に来た辺りから、
壊 レ 始 メ タ
小狼の、第一次覚醒。
そして『東京』では、ついに封印は完全に解け――真の小狼は解き放たれた。
小狼同士の死闘により消滅してしまった水の対価を得るために、別の世界の自分は初めて生き物の命を奪った。
観光都市インフィニティではオリジナルの小狼への『戸惑い』に苛まれた別の世界の自分が、それでも自分の望む未来へと進むために、1度死ぬ事を決意した。
セレス国では旅の仲間である白い魔術師の壮絶な過去を知り、そしてその過去を乗り越えようとして失敗した白い魔術師に代わり、黒い忍者は白い魔術師の恩師を殺害した。
セレス国からの脱出の際、全員が生きて脱出するために、黒い忍者は自分の左腕を犠牲にした。
日本国ではオリジナルの小狼と星史郎との戦いが繰り広げられ、最終的には夢の世界にて、オリジナル小狼と写身の小狼の決闘が勃発し、その果てに……別の世界の自分の魂は砕け散った。
そして玖楼国では。オリジナル小狼の過去を知り、多くの戦いと様々な罠を乗り越え、その選択の果てに理を破壊してしまいながらも……………………………………………………………………………………。
とてもとても、悲しい物語だった。
何度、途中で泣き叫びそうになっただろう。
けれど、さくらはけっして目を逸らさなかった。
なぜならば。
何度つらい目に遭っても。
別の世界の自分達は、決して前に進む事を諦めないから。
そしてそんな自分達を……さくらは、信じているのだから。
みんななら。前に進む事を諦めないみんなと一緒ならば……絶対、大丈夫だと。
例えどんな事がこれから先に起こったとしても、みんなの力で、絆の力で、絶対に乗り越えられると……信じているのだから。
そしてまた、夢は切り替わった。
※
目の前に、大人になった、別の世界のさくらがいた。
服装は……日本のモノではない。もしかすると、別の世界の小狼の故郷に住んでいるのかもしれない。
そんな別の世界のさくらが、カードキャプターだったさくらを見て、呆然としている。
まさか本当に会えるとは思っていなかったような、そんな顔をしていた。
もしかすると、自分もそんな顔なのかもしれない。
そう思ったさくらだったが、エリオルが〝この瞬間〟に関する予言をした時からずっと考え、そして今、向かい合う別の世界の自分に言うと決めた事を……ついに告げた。
「これを。これは貴方の大切なものでしょう」
差し出すのは、かつての自分をサポートしてくれたものであり、自分の成長の証でもある『星の杖』。
かつて別の世界のクロウ・リードにより、サクラ姫のために創られた杖。
今こそ、感謝を込めて……本来の持ち主に返すべきだと、さくらは1年間考えた末に、思ったのだ。
別の世界のさくらが、戸惑いと不安が入り混じった顔を見せる。
本当に、自分が貰って大丈夫なのかどうか、不安なのだろう。
そんな別の世界のさくらに、さくらは言う。
「杖はなくしても、みんなとは一緒にいられるから。みんなを、信じてるから」
正直に言えば、少し寂しい気持ちだった。
けれど、星の杖の本来の持ち主は自分ではないし、杖をもっとも必要としているのは……別の世界の自分なのだ。
今返さなければ、後悔してしまうかもしれない。
「だから貴方も、信じて」
だからこそ、さくらは渡した。
「たとえどんなはじまりだったとしても、貴方は貴方だから」
そして、別の世界のさくらのこれからを想い……さくらはさらに告げる。
「貴方の幸せが、貴方の大切なひとの幸せだから。どんな時も、信じて。貴方を。貴方の大好きなひとを。『絶対、大丈夫だよ』って」
――そして、夢は終わった。
※
目が覚めると、もう夕方だった。
時計を見ると、午後5時半を過ぎた頃だった。
「……ほぇ? 夕方?」
「お。起きたかさくら」
ゲームをしていたケルベロスが、データセーブをしてからさくらに近寄った。
「って、どないしたん?」
そして近寄った直後、ケルベロスはギョッとした。
「な、なんで泣いとるん? 怖い夢でも見たんか?」
「ほぇ? 私、泣いてたの?」
改めて、目元をこする。
すると手に涙が付き、さくらはようやく自分が泣いていた事を知った。
確かに、悲しい夢だったかもしれない。
けれど、それ以上に……。
「……大丈夫だよ、ケロちゃん」
さくらは涙を拭き、笑顔を取り戻しながら、自信を込めて言った。
「例えどんな未来が待っていても、私は……ううん。私だけじゃない。別の世界の私も……絶対、大丈夫だよ」
ケルベロスは一瞬、さくらの言っている事の意味が解りかねた。
だが、さくらの首元に目を移すと……瞬時に全てを理解した。
(……そうか、さくら……星の杖、返したんやな)
いつも待機状態の星の杖をかけていた首元に、もうそれは無い。
けれど、さくらなら、杖無しでも大丈夫だと、ケルベロスは強く確信していた。
「私にも、別の世界の私にも、たくさんの大切な人達がいるんだもの。例えどんな困難が、これから先の未来で待ち構えていても、みんなと一緒なら、どんな困難も乗り越えられるよ。だから……絶対、大丈夫だよ」
そしてさくらは、そして別の世界のさくらも、みんなと共に未来へと進む。
これから先、何が起こるのかは例え予知能力でも全ては分からないだろう。
今回の後継者問題についても、もしかすると、誰の予想とも違う結果になるかもしれない。
だけど、さくらには、そして別の世界のさくらにも、目の前にいる者、いない者問わず……多くの助け合える仲間がいる。
だから、彼女達ならば絶対……大丈夫だ。
END